ブログネタ:受験の思い出 参加中

太宰府天満宮や北野天満宮は受験の神様としてあまりに有名です。
あまりに有名となったお菓子は「キットカット」。
今日は息子の学校の入学試験のため、息子は休み。
朝、起こしに行くまで、知らなかったよ……。


金曜日の朝は、まこまこの住む海山県でもかなりの冷え込み。
起きてきた息子に、「金曜、土曜はコート着用」を指示。
「なんで?」
「冷える。かなり寒い」
新聞を取り入れに外へ出たときに、「これは降るな」と思った。
息子の学校は、まこまこ地方より北(汽車で1時間半)にある。
自宅付近で雪が降っていなくても、学校付近では舞っていることもある。
「毎年のように、センターの時期って寒いやない」
「そういえばそうやなぁ」
納得した様子。
学校指定の重いコートを着ていくことも納得してくれた。
TVによると、やはり学校付近は降っているようだ。
「今年の6年生(高校3年生)に『キットカット』は、不人気みたい」
「きっとカット(足切、不合格)ってことで?」
「うん。『うか~る』(カール)のほうが、人気らしい」
「へー」
「親父が、こんなん買うてきとった」
取り出したのはコレ↓
桜咲く
なぜだか既に空っぽ。
各社いろいろな企画を考え出すものだ。
でもいい感じの『桜咲く』(オーザック)。
「なんでコレ買うたんやろ」
「単に安かったから」
100円の値付けシールが付いている。
息子の観察力も高まってきたみたいだ。


まこまこの現役時代には、センター試験はなく、共通1次試験だった。
社会の成績があまりに悪く、追い込みをかける気もなく、国立大学は早々と断念していた。
模試の日本史では、科目受験生中、下からベスト?3に入ったことがある。
(ここまでひどいと、ちょっとした自慢話。決してワースト3とは言わない)
とある国立大学の工学部応用化学科の推薦入試(当時では珍しかった)の話もあったが、共通1次が課せられていたため断った。
おそらく、同じクラスの男子にその話は回っていったのだろう。

まこまこが受験したのは、後に進学した薬学部と、同じ大学の他学部、別大学の3年制の医療短期大学部だった。
他学部の試験は、薬学部の前日。
面接試験では、大変楽しくお話し、退席する背中に向けて質問が飛んだ。
「他に受験はしていますか」
「はい。明日、貴学の薬学部薬学科を受験いたします」(ニコッ)
「そうですか。頑張ってください」
「ありがとうございます」
エールを送ってもらった。
受験の練習、大学の下見のつもりが丸わかり。

出身高校は、かなりの進学率を誇る。
早稲田大学政経に学校推薦枠を持っていた。
クラスメイトには東京大学理Ⅱ現役合格もいた。
国立理系コースにもかかわらず、東京大学文Ⅰ1浪合格もいた。
3学期期末テストと大学入試が重なれば、期末テストが免除され、授業態度や出席状況で点数を付けてくれた。
当時は、そんなシステムだった。

それをちょっと悪用させてもらった。
2つの受験が終わり、落ちるとは思っていない脳天気なまこまこの脳は、期末テストを受けないほうが、高校の最終成績が高くなると判断していた。
幸いにして、期末テストと重なるような日程の医療短大の出願を済ませていた。

医療短大は、期末テスト逃れのために受験。
はっきり言って、そこに進学したら、国家試験(臨床検査技師)で苦労するだろうとさえ思った学校。
旅行気分で海山県より田舎と思える県に行き、大相撲初場所の千秋楽を見ながら夕食を摂るような状態。
試験前日の受験生だとは、食堂のおばちゃんも思わなかっただろう。

月曜日の試験は難なくこなし、移動のため(という大義名分のずる休み)翌日も学校は行かず。
苦手な社会の期末テストを見事にすり抜け、高校最後の試験を終えた。

後日談。
当然のように医療短大の入学手続きは行わなかった。
手続き終了日の翌日、自宅に電話がかかってきた。
「入学手続きをされてないようですが、今からでもしていただけませんか」
よほど入学者が少ないか、かなりの上位合格かだろうと、高校の担任は言っていた。
その日当たりの悪いかなりコンパクトにまとまった大学、今もまだ生き残っている。


無理をしなければ、受験も楽しいもの。
努力をしていれば、人生変わっていたかも。
クリックしてから勉強始めよう↓↓↓
■GOOD JOB!
この記事よいネ!クリック!→